2012年8月22日の午後、僕はストックホルムからロンドンのヒースロー空港へ飛んだ。その日、遠い昔から僕が夢見た、アフリカへの調査旅行へ行く日が遂にやって来た。長年思い描いて来た夢が叶う瞬間と言うのは、不思議な気持ちです。ゴールに辿り着いた達成感と、これまで自分の鋳型として目指して来た偉人達と同じように自分がなれるかどうかの不安、これが同時に来るのだ。今回の調査にはアフリカでの調査経験のあるポスドクのAlexander Kotrschalが様々な手配をしてくれたとは言え、十分に準備できているか不安があった。空輸出来ない化学薬品を現地で調達する予定だったが、それが本当に現地にあるかも確定できないままスウェーデンを発った。こんなことで採集が捗るのかと、考えれば不安に思う事はいくらでもあった。しかし、最近細かい事をくよくよ考えないことにしている僕は、ロンドンからザンビアの首都ルサカに向かう飛行機の中で、横にアメリカンサイズの黒人女性がドッサリ座った事も露気にせず、買ったばかりの防水デジカメをいじりながらわくわくしていた。
ロンドンからルサカへの飛行時間は10時間。夜中に起きて窓の外をみると、真っ暗な闇の中の一部分に、小さく灯る街の光が見えた。飛行経路の案内表示から推測すると、それはケニアの首都ナイロビらしかった。僕はついにアフリカ大陸の上を飛んでいた。俺は、アフリカって場所は疫病・紛争・猛獣の蔓延る暗黒の土地、という感じがしていた。それは事実その通りでもあるが、一方でそこには人が住んでいて、経済があり、旅行者が居る場所も中にはある。アフリカでの日々の生活の風景というのは、どんなものか。いつだったか僕は、祖母から第二次世界大戦当時の話を聞いて、戦争中にものどかな毎日の営みはあったんやということを知った。そのイメージは戦後の、戦争に対するプロパガンダも多いに含まれた刷り込み情報によってなかった物かのようにされていたけれど、実際は違ったんだと、生きた記憶の大切さを感じた。今回の旅も、そういう重大な経験を僕の人生にもたらしてくれるのかと期待が膨らんだ。
そんなことを思いながら、ふと通路側を向くと、例の黒人女性が二の腕を僕の席へ完全にハミ出した状態で熟睡していた。俺は、トイレに少し行きたいのを我慢して、その二の腕をまくら代わりにして寝ることにした。
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