こんにちは。スウェーデンのウプサラ大学進化生物学研究センターで博士課程をしている坪井と申します。海外で博士課程を取る日本人はまだ多くありません。このブログは、日々の研究生活から見える様々な研究者事情を日本のそれと比較しながらリポートすることを一つの目的としています。更新頻度がとても遅いのですが、暇な時に読んでコメント頂けたら嬉しいです。
今日は日本とスウェーデンの博士課程の比較です。どちらの国でも高等教育の中で最終段階の教育として位置づけられる博士課程ですが、位置づけは同じでも日本とスウェーデンで博士課程の内容は驚く程違います。その違いを生み出す決定的な要素とは何なのでしょうか。今日のポストでは日瑞の博士課程の違いに焦点を当ててリポートします(注:瑞は漢字でスウェーデンのことです)。
まず、博士号という学位の定義について見てみましょう。
博士(Doctor)の学位は、基本的に最上位の学位として位置づけられている。通常は、大学など高等教育機関や学位授与機関における修士及びそれと同等の学力があると認められた者が、大学院の博士課程あるいは博士後期課程を修了することで取得出来る。また、論文審査により高度な研究能力があると認定された者にも授与されることがある。どちらの場合にも、独自性のある研究論文や著書を提出し、博士論文審査に合格する事が条件となっている。
Wikipediaより
このように、博士号は、高度な研究遂行能力があると認定された者の証です。Wikipediaの英語ページ、スウェーデン語ページにも同じ内容が書いてあります。しかし、その学位を認定する課程である高等教育機関(一般的に大学院)の教育課程は、日瑞で驚く程違っています。その違いを生む原因は様々ですが、根本的に違いとして今回は博士課程の経済状況の違いについて焦点を当てます。
スウェーデンの博士課程学生は給料を貰っているのに対し、日本の博士課程は基本的に無給です。スウェーデンでは研究室に博士課程の学生を養う経済的余裕ができた場合に博士課程の学生を雇うという形で博士課程の学生がリクルートされますので、博士課程の学生であるということは給与をもらう立場である事と同義です。
資料1 博士課程の募集要項 |
資料1は2014年9月11日にウプサララ大学のメーリングリストで回って来た、Queens Mary University of LondonのDr. Christophe Eizaguirreによる博士課程の募集要項です。上から順番に開始日、研究費、学費の支給及び3年間の給与があること、研究内容、応募資格、判断基準、応募方法、問い合わせ先が記載されています。これはイギリスでの募集ですが、スウェーデンのものと同様です。すなわち、欧州では博士課程が給与を払って研究をする労働者として募集されていることがわかります。収入は募集先国の規定や指導教官の経済状況に左右されますが、スウェーデンでは所得税を始めとする各種税金を天引きされた後の収入が初年度で月額18万円程度、その後中間報告等をクリアする事で年々増額し、最終年度で月額26万円程度となります。
これと比較して、日本の博士課程は研究費、学費は自腹且つ給与ゼロが基本です。唯一欧州の博士課程と比較し得るのが学振特別研究員DC1及びDC2という制度での支援を受けて博士課程を修めている研究員です。これらの研究員は月額20万に加え、年間別途150万円までの研究費が交付されます。ただしDC1・DC2も、学費は基本的に支払わなければならないようです。しかしこのDC1・DC2は狭き門で、優秀な業績を修士の段階で持っているか、巧みな申請書作成技術かいずれかが無ければ通りません。平成17年度の博士課程修了者数は全国で約1万5千人。一方、DC1とDC2の採用者数は毎年2千人未満です。すなわち、平成17年度、全国で約1万3千人以上が無給且つ学費を支払いつつ博士課程をしていました。
欧州では、博士課程の学生は資料1にあるように研究者から雇用される形で募集されるか、博士課程に該当する期間分(スウェーデンでは4年)の研究資金を自ら調達することで博士課程の研究を始めることが認められるシステムとなっています。いずれにせよ、経済基盤ありきで始まる欧州の博士課程と経済基盤無しでもなんとなく始められてしまう日本の博士課程。これがまず日瑞の博士課程を取り巻く環境の違いを生む大きな原因の一つです。
給与の有無と関連して、日本とスウェーデンの博士課程で根本的に違うのは博士課程学生の社会的立場です。日本で博士課程学生の立場が“学生”である一方、スウェーデンでは博士課程の研究者は“労働者”として扱われます。それゆえ、国の法律で定められている労働者の各種権利;健康保険制度、有給休暇、産休育休制度等の対象となります。これは欧州での制度上、博士課程の研究者が給与所得者でなければ始められないという制約の結果、全ての博士課程研究者がすなわち納税者でもあることの帰結でもあります。こういう事情があるので、スウェーデンで博士課程をしている学生はどんどん子供を作ります。僕と同時期に進化生物学研究センターで博士課程を始めた学生の中だけでも既に3人の女性が子供を妊娠・出産しました。
まとめ
今日は日本とスウェーデンの博士課程の違いの中で、特に経済状況の違いと社会的立場の違いに焦点を当ててリポートしました。システム上経済的基盤の整った上で課程を始める欧州と、経済的基盤が無くても望めば始められる日本。無給かつ学費を支払いながら研究も行い、それと同時に結婚や子づくり等も年齢的に視野に入ってくる日本の一般的な博士課程の過酷さは尋常ではありません。スウェーデンではそういう過酷なキャリアパスはそもそもシステム上選択肢に含まれていません。博士課程=給与所得者=納税者=各種社会保障の対象、という流れから、博士課程の研究者は本業に集中しながら、プライベートの充実も望めば達成できるでしょう。私は、日本もまず“親の経済援助で無い経済的基盤を持つこと”を博士課程開始の審査基準としてはどうかと思います。そうすれば博士課程卒業者の数は減りますが、内容は断然充実するでしょう。
次回は博士課程での教育内容についてリポートする予定にしています。
ではまた。
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